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文・著作権 鈴木勝好(洋傘タイムズ)

Y O U G A S A * T I M E S * O N L I N E
◆◆◆ 傘の渡来 ◆◆◆




傘の渡来

◎傘は古代オリエントに起源をもつとされ、アッシリア、ペルシャ、エジプトなどの
絵画や彫刻には、王の頭上に傘を天蓋のように差し掛けている図がみられる。
エジプトでは、天空の女神マートが巨大な傘のように地をおおって体現したものと考
えられ、高貴な人の頭上にのみかざされた。傘の日蔭は王の保護そのもを表した。


◎470●●(?判読不可でした)前の中国では、黄帝が義場で不利になった時、自ら
陣頭に立って軍配を執ったところ、五色の雲が頭上にかかり、義況一変して勝利を得
た。黄帝はこれにちなみ華蓋(きぬがさ)を作らせ、頭上にかざしたという伝説的な
古事由来がある。


◎日本への伝来
「日本書紀」銘明天皇13年(552年)の頃に、百済の聖明王が使者をつかわし、釈迦
仏の金像1体、蓋(きぬがさ)、幡各若干、仏教論書若干を献上した旨の記述があ
り、文字として残っている傘伝来の初めといえる。




歴史的事実としては、もっと早くから傘が権威の象徴として利用されていた。(考古
学の発掘より)

(イ)平成12年(2000)4月、松阪市の宝塚1号墳(5世紀初めの前方後円墳)より、
船形埴輪出土。長さ140cm、最大幅25cm、高さ90cm。船首から船尾にかけて、大刀、
二本の威杖、蓋(きぬがさ)など身分の高さを示すものがマストのように立ってい
る。

(ロ)昭和63年(1988)2月、奈良県橿原市の四条古墳(5世紀末)から木製埴輪出
土。貴人が威儀を正す用具の蓋(きぬがさ)を模した笠(かさ)形(直径23〜
40cm)、うちわに長柄をつけたさしば形、盾形、鳥形など。

同時に、天理市の小墓(おはか)古墳(6世紀前半)からも、笠形(長径55cm)、太
刀、矛形などが出土。笠形には華やかに飾ったような跡がみられる。

(ハ)平成6年(1994)6月、滋賀県守山市の八ノ坪遺跡(4世紀末〜5世紀前半)から
蓋(きぬがさ)に使った木製の立ち飾り(石突の部分は取り付ける飾り)が出土。立
ち飾りは長さ約30cm、幅約13cmで黒漆塗。線刻模様や透かしがあり、手の込んだつく
り。

※蓋は衣笠とも書かれ、木の骨組みに布を張った傘で貴人の頭上に掲げられ、存在や
権威を示した。
※(ハ)は大和政権の大王墓とみられる。奈良市、日葉酢媛(ひばすひめ)陵から出
土した蓋形埴輪とそっくり。大五家や豪族らが権威誇示に用いた。


◎権威の象徴としての傘
大宝令(タイホウリョウ)(大宝律令、大宝元年・701年判定)で儀式用の蓋(き
ぬがさ)が身分によって次のように色分けされている。

皇太子・・・・・・表が紫、裏が蘇芳色
親王・・・・・・・表が紫のしぼり、裏が朱色
一位・・・・・・・表が深緑、裏が朱色
二〜三位・・・・・表がコン、裏が朱色
四位・・・・・・・表が縹(ハナダ)、裏が朱色

◎蓋(きぬがさ)と●(漢字検索できず)(おおがさ)
蓋は傘の頂(石突部)を長い柄に吊り下げた形。素材は絹綾で飾りをつけ、柄にも緋
網を垂らした。
●は、蓋と同じだが、柄が中を貫いている。絹綾の他、菅、竹製があり、雨にも用い
た。現在の傘はこの系列といえる。

※万葉集の詞書に「天を蓋になし、地を塵にし」とする。
※万葉集、柿本人麻呂の歌に「ひさかたのあめゆく月を網にさし、わが大王は蓋にせ
り」がある。
※法隆寺献納御物のなかに聖徳太子の「きぬがさ」と称するものもあり。





日本のくにの始まる前から、傘が権威を示す象徴として用いられていたことになりそ
うです。









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