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Shinsaibashi Miyataka Survival Story

「挫折からの出発」物語編 Page6


水面下のWEB 開店

去年一年は本当に苦しい一年でした。なかなか売却先が決まらないあせりのうえに WEB工事および開店を秘密裏に行わねばならなかったからです。 なぜなら、取り引き先に対して去るものの気配、敗者の背を絶対にみせるわけにはいかなかったからです。


昔より「取り引き先とは皆親類縁者付き合いをせよ、これ店の興廃の岐るる道なり」という言葉にあるように、 心斎橋みや竹でも取り引き先とは深く親しいおつきあいをさせていただいておりました。 メーカーの営業マンがみな当店にお茶しにくる?!そんな店でした。


しかし、幼ななじみや学生時代の親友とはちがい、所詮商売の利害関係の上の擬似親友にはちがいがありません。 こちらが「閉店」、つまり心斎橋の「看板」をおろすことを少しでも察知すると、てきめん手のひらを返されたような納品内容になることは、 明白です。別の看板を短期間でつくらねばなりません!しかもインターネットが商業的には、まだまだ市民権を得ていないために、 業務展望を説明したところで余計斬られてしまうだけです。 私は自信をもって声高にインターネットのお店を宣伝したかったのですが...


準備、開店、業務、そして実績作りをすべて水面下でせねばなりませんでした! これははっきりいってハードでした。私が店舗に出ていないことを察知されない為、毎日遅くとも午後3時には出社するようにしました。 業務時間を逆算すると午前4時前に起きて更新するしかなかったのです。 写真は閉店後、すべての営業マンがひきあげてから開始していました


ジャングルの野獣でも、敵に背中をみせたとたん喰いつかれてしまいます


取引先に弱みは絶対みせられないのです。 かくして12月、ある程度の業績と手応えと見込みをひっさげて、私は覚悟の上各メーカーを周りました。
メーカーさんに認めていただくボーダーライン付近であったのでしょう。 最初の会社は厳しいことをいってこられましたが、 以降は大メーカーであっても、非常に好意的に受け止めていただくことができました。 これで私は、あの長いトンネルのような水面下工事から抜け出ることができました。


結果として皆様も騙した???ことになるかもしれませんが、 去年のX'masまでは、まったく私ひとりだけの秘密の営業行為であったのです。 驚かれましたか?品を隠れて家へもちかえり梱包しては、近所の郵便局へ持ち込んでいました。 ともあれ、おかげさまで、 心斎橋みや竹は今、WEBの中に看板をもつことに成功しつつあります。


初期に更新したファイルを覗いて作成時間の3:00とか4:00とかをみるたびに、 最高に精神的に苦しかったあの「水面下工事時代」を思い出すのです。 そして自分を奮い立たせています 絶対「負けへんでぇ」と


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