「挫折からの出発」物語編 Page5
しかし、この話は先方さまが他地域への出店が急に決まった為に頓挫してしまい、
やがて消滅してしまいました。いざ、物を動かそうとしてもなかなか思うようにはいかぬ!
それを実感。こうしてみや竹が素晴らしいP食品店に変身?という夢もなくなりました
ここにすべては書きつくせないのですが、我々には様々な理由で今年1月という タイムリミットがありました。しかたなく「買いたたかれてもいい!」という思いで 近畿レインズという不動産の広域ネットワークに情報を流したところ、 すぐにAさまという方が名乗りをあげてくださいました。 歓びましたが、なかば複雑な気持ちでした
この方の事業展開というのは、「いざという時に管理者がはっきりしない。」という理由で
心斎橋ではもっとも嫌われている集合店舗形態のものでありました。
正直、これは心斎橋の方々にはどう顔向けして説明していいものか...なんて感じていました
話はトントンと進み交渉は纏まってきました。その中で
僕は親友の不動産屋さんにこう聞いたのです。
「Aさんは、東京の方らしいが、高額な土地を売って金持ちになったような方ではないのん?」 「いえいえ宮武君、あの方はね、裸一貫からはじめて、若者むけにターゲットをしぼった 商品展開で、ここまで一代であの財産を作り上げた人だよ!」って
僕はすごく自分と自分の中の気持ちが恥ずかしくなりました。
素晴らしい商人ってなんだろう。ひょっとして心斎橋の人々より
Aさんのほうが、商人としては数段すぐれているんじゃないんだろうか。
我々が(多分に偏見をまじえて)持ち続けてきたプライドって何だったんだろう
Aさんは、ある意味では商売のフロンティアかもしれません。
僕はインターネットにすべてをかけた岸本さんや自分の姿を、この方の若き日の像に重ねあわせてみました。
そして今では胸をはって皆様に申し上げております
「はい。心斎橋みや竹はAさんにお売りしました!」と
プライドは何の儲けにもならない
今年もプライドのみにこだわった老舗が何軒か撤退していくでしょう。
そのたび街は新陳代謝し、顔ぶれも様がわりしていきます。
「心斎橋には風情がなくなった。昔の面影はない」と嘆かれるかたも当然多いことと思います
しかし考えてみて下さい。今、心斎橋で採算をあわせようとするのは至難の技。
でも新規参入されるかたは、それをクリアーできる自信があるからこそ
ここへ出店されるのです。ということは、少なくともその人たちは現状で最高の商売人、稼ぎ人である証拠なのです。
職種はかわれども、時代の最先端の商人たちの集う街とかんがえれば、
その時代の反映という意味で今の心斎橋も一興、価値のあるものに見えてはきませんか。
結局のところ、プライドなど、なんの儲けにもならないのですから